ここまで聞くと、林は会社の中井に連絡をしました。中井は年は38歳。幾分迫力はありませんが、林の言ったことに対しては早く動いてくれます。「もしもし、中井。鶴見区○○○○‐1－5－23で戸建。所有者小川勝さん。謄本と近隣事例、調べてくれる？建物は平成2年築だから明日でもいいから謄本とっておいて。事例はわかったらすぐ連絡くれる？」といえば、中井は忠実にことを行います。小川と話し始めて5分もしないうちに中井から連絡が入りました。「林さん、調べましたが、バス便と言っても、歩いて15分位ののとこですよ。近隣事例だと、3,000万円前後でいけるのでは？家の汚れ具合なかわかりませんけど、明日謄本取っておきますよ。では、もう帰りますから。」と言って電話が切られ、林も時計を見ると午後8時30分を過ぎていました。林は「3,000万円位は高くてですから、2700万円位で行けるかもしれませんね。ところで弟さんは、保証人にはなれますか？多分保証人をつけろと言われるでしょう。奥さんは収入ありますか？」「弟は保証人になることは大丈夫だと思います。妻もパートで100万円位取ってますけど。」「小川さんはカードなどでキャッシングはありますか？」「ええ、恥ずかしい話、Ｂカードで親父に50万円貸してあげたのですが、何か？」「ええ、キャッシングがあるとローンは通らないんですよ。消しておかないといけませんね。」「はぁ。早く返済してしまおうと思っていたんですけど、ズルズルいってしまって。」
「もし、払えるなら、利息も高いから返してしまった方がいいですよ。また個人情報も取られて、出てきても不利ですからね。」
「わかりました。明日、返してしまいます。それで後はどうしたらいいですか？」と言われた林は、午後9時近くになっているので、カバンからＳ不動産ローンとＹ銀行の借入申込書、媒介契約書を出し、「2社でやってみましょう。媒介は売却がお父さん、購入が小川さんで、ハンを押して返送してください。それから、物件の写真、小川さんの源泉を3期、免許証の裏と表のコピー、保険証のコピー、それから弟さんも同じものをとりあえず、奥さんのも取っておいてください。書き方がわからなければ連絡ください。申込みがいけそうなら、債権者と交渉を始めますから。」と林が書類を渡すと、ざっと目を通した小川は「では、家に帰ってゆっくり見ます。今日は長い時間ありがとうございました。」と礼を言うと立ちあがり、深々と頭を下げました。林は、「いや、まだうまくいったわけではないですから・・・」と言って外に出ると、渋谷は午後6時と違って、酔ったサラリーマンが歩道にあふれていました。
林が今まで売却を手掛けてきて、小川のように会って話をしたり、電話で話をして関係書類を渡しても、1ヶ月、2カ月経っても戻してこない人が半分位います。早い人は、10日位、遅い人で1ヶ月位、それを過ぎると戻って来ることはまずありません。林は、その人たちに連絡することはまずしません。こっちから急がせても仕方がないと思っているからです。

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